「世界中の様々な人々と出会って、いっしょに光(希望)を、生命を描きたい」
現代美術作家。フィーリングアーツ創始者
フィーリングアーツ研究会 代表
フィーリングアーツ・ボランティア委員会 代表
日本保健医療行動科学会 評議委員
北村義博は、大阪芸術大学芸術学部美術科を卒業後、1980年に渡米してサンフランシスコの土などを素材に創作活動に励む。帰国後、フィーリングアーツとして完成させ、筑波の科学博やベルリン日独センター、スペシャルオリンピックス(長野2005)で発表。
以来、アートとしてのフィーリングアーツを追求しながら、ホスピスを含む医療施設、福祉施設、教育施設をはじめ、阪神・淡路大震災後の被災地・仮設住宅・復興住宅などのほか、医療や環境のシンポジウム、学会、研修会など、芸術・医療・福祉・教育の領域を超えて、国内外で幅広く公演活動を続けている。
”日本保健医療行動科学会年報 Vol.16, 104-115, 2001”に掲載された北村義博の論文「芸術と医療:癒しのアート"フィーリングアーツ"」を読んでいただくのが最適と思われますので、以下に引用します。
T フィーリングアーツとは
フィーリングアーツは,私が独自の技法で創作した体感芸術です.土と墨汁と金粉で作った抽象絵画(縦1.45m,横2.45m)に,青・赤・黄の三原色のライトをあて,ライトの配分・割合を変えていくことで,作品は微妙な陰影の変化とともに様々な表情を見せるのですが,そこに,クラシック,童謡,雅楽の笙の音色,シンセサイザー,クジラの声など,こころの安らぐ音を流して,体感する芸術です.
そもそも,土と墨汁と金粉の組み合わせで表現することは,芸術大学の学生だった頃からの私のテーマでした.作品のテーマは,「地球」から始まって,「宇宙」,「生命」,そして「天上の世界」へと広がっていきますが,最初,地球を描きたいと思ったとき,それなら本当の土を使おうと思ったのです.土と墨汁の匂い,感触,色合いが好きなのです.まず,イメージにあった土を探し求め,その土を溶いてキャンバスに塗りつけ,その上に墨汁をかけ,そしてそれを何度か繰り返します.私の作品には影もありますが,必ずそのなかに光(希望)を描くようにしています.影があるから光があり,そして空間がでてきます.テーマに沿って,出来具合いをみながら作品を仕上げていくのですが,1つの作品を完成するまでには2〜3ヵ月はかかります.
私は大学卒業後アメリカに渡りましたが,その折,加藤南技氏(版画刷師)の"ライト・デッサン"というものに出会い,私の作品にもライトをあててみたところ,他の絵画にはみられないような大変化が起きたのです.墨汁と土と金粉はそれぞれに光を反射する度合いが違うので,絵がワッと立体的になるのです.そのとき「これだ!」と思い,本当に興奮しました.三原色のライトの調光の割合を変えたり,照明のポイントを変えたり,ライトに強弱をつけたりすることによって,作品に動画的な微妙な陰影や奥行き感が生まれ,様々な表情を見せるのです.まるで,あのグランドキャニオンの雄大な景色のように・・・.時の流れがそのまま風景になっていて,それが太陽の位置が変わるにつれ,時々刻々,ピンクやブルーに色を変えていくのです.
私の作品には必ず作品ごとのテーマがありますが,その作品にライトがあたり,そして,クラシック,童謡,雅楽の笙の音色,シンセサイザー,クジラの声など,こころ安らぐ音が伴って,体感者は,作品のテーマを超えて,自由に自分なりのイメージを膨らますことができるのだと思います.フィーリングアーツは,いわば私と体感者が共同して作りあげるアートで,同じ作品でも,体感者によって様々な見方・感じ方ができるのです.体感した人それぞれがこころの筆でこころに描くアートです.人から上手・下手を評価されることもない自由なアートです.
U フィーリングアーツと癒し
私の子どもが大病を患ったことがあるのですが,そのとき,自分自身の生活でも「生命」に直面しました.まわりのすべてがスーッと消えてしまい,「生命」だけが光を放っているような感じがしました.それをきっかけに,自分自身の生活と作品にギャップがなくなりました.私の子どもが入院している病院に通っていたとき,患者さんやその家族の人たちと接していくなかで,ここにこそ,フィーリングアーツが必要だと思うようになりました.
私は感動こそ人の生命力を高めるものだと思っています.「痛みや苦しみ」をもっている患者さんやその家族の人たちが,フィーリングアーツを体感することによって,感動とともに,ありのままの自分を知り,自分を受け入れることでこころが安らぎ,そして生命力が高まり自然治癒力へとつながっていくのだと思います.
癒しの原点は,あるがままの自分を受け入れて不協和なものを調和させることだと思います.これは,私がアートで表現していきたいと思うものと重なっています.影があるから光があり空間がでてきます.美しい部分だけではなくて,影があり光があって調和があるのです.フィーリングアーツに限らず,芸術は人を癒す力をもっていると思いますが,特にフィーリングアーツは作り手の強いメッセージやストーリーがなく,体感者のイマジネーションにゆだねる部分が大きいアートなので,多くの体感者が自分のこころを作品に投影しやすいという面があると思います.
私は,これまで積極的に保健・医療・福祉関連の施設や阪神淡路大震災後の仮設住宅等で数々の公演を行ってきましたが,ひとつ言えることは,患者さん,障害のある人,その家族の人たち,あるいは被災者の人たちなど,「痛みや苦しみ」をもっている人ほど,フィーリングアーツに圧倒的に敏感に反応するということです.これは,「痛みや苦しみ」をもっている人ほど感性が研ぎ澄まされていて,自分と向き合える状況にあるということではないかと思います.
V 「痛みや苦しみ」をもつ人の反応から
私はこれまで約20年間,各地でフィーリングアーツの公演を行ってきましたが,毎回,体感者の反応には私自身が驚いています.特に,患者さんや障害のある人,その家族の人たち,あるいは被災者の人たちなど,「痛みや苦しみ」をもつ方々の反応には,私の想像を絶するものがあり,その反応に,私自身が感動し,こころが安らぎ,そして希望が湧いてくることがしばしばです.紙数の関係もあり,ごく一部ですが,そのうちのいくつかを紹介させていただきたいと思います.
●私が医療機関での公演活動を始めて間もないころの話ですが,末期がんの患者さんたちのおられる病棟でフィーリングアーツを上演したとき,上演中ぐっすり寝ている男性の患者さんがおられました.正直なところ,私は少し不愉快な思いをしていましたが,終了後,この患者さんの奥様が,感激のあまり涙を流され,これまでの経緯を話されました.
この末期がんの患者さんは告知を受けておられましたが,常に死の恐怖にとりつかれ,音楽を聴くなどして死への恐怖を紛らわせていたそうです.それでも決して熟睡することはできず,この上演会のときは心身ともに疲労の限界だったそうです.この患者さんがフィーリングアーツをどのように感じられたかは,私には知る由もありませんが,死への恐怖から,決して熟睡することができなかったこの患者さんの,上演中の寝顔,そして奥様の感謝の言葉は,いつまでも私のこころに焼き付いています.このとき以来,気持ちよく寝ていただくこともその方のフィーリングアーツだと強く実感するようになりました.
●長期間入院している高齢の男性患者さんと,その奥様が一緒にフィーリングアーツの上演会に来られたのですが,上演後,その患者さんは,ただ一言「きれい・・・」と言って,泣いておられました.その様子を見て,奥様も感激のあまり号泣されていました.そのとき,私まで,なぜか泣けてきたのを覚えています.その折,奥様から次のような感想をいただきました.
「主人は,現在激しい便秘に苦しむ日が多く,苦しむときは,『皆さんの通られたであろう道を二人して,手を取り合って通りましょう.私も共に心で苦しんで付いて行きます』と語り合って,実相の道を通りつつの日々でございます.フィーリングアーツを拝見いたしまして,宇宙創空の世界,限りなき美しき霊雲のなか,霊波に乗って西国に行けるように感じられました.思いもかけぬ安堵の日々を送らせていただけることと存じます.誠に有り難うございました.」
このご夫婦が感じられたことは私にはわからない世界のことですが,痛みや苦しみを通して,ご夫婦がこころを通わせ,そしてフィーリングアーツを体感され,何か大切なものを一緒にこころに描かれたのだと思います.
●身体障害者のリハビリ専門の施設で上演したときのことですが,徐々に筋肉の機能が衰えてゆく病を背負いながらリハビリに通院されている成人女性の方が書かれた感想の用紙を拝見して,私はたまらない想いがこみあげてきました.
すべてひらがなで記され,なんとか読みとれるその文字はひどく震えていましたが,用紙全面に,とてもきっちりと几帳面に書かれていました.その内容の最後には「わたしもえをかこうとおもいました.だれがひょうかしようとかんけいなく,じぶんがよいとおもえばそれでいいんだなあとおもいました」というものでした.
また,感想を書いていただく用紙の欄外に,今後のフィーリングアーツ活動へのボランティア参加希望の有無をお聞きする項目が設けてありましたが,震える線で「希望します」が囲ってあったのです.成人してから,自分の思うように身体が動かなくなったこの患者さんは,毎日リハビリに通われるなか,フィーリングアーツをどんな想いで,そのこころに描かれたのでしょうか.私はこの感想の用紙を目にしたとき,その方の想いの深さを感じました.
●筋ジストロフィーで,手足,体だけでなく,顔の表情さえもつくることができない子どもが,フィーリングアーツを体感して涙を流していました.重度の障害をもつその子が涙を流したので周囲の方々も大変驚かれました.「感動するということは今生きている証です.」と,養護学校の先生方は,現在の医療では治すことができない病を抱えている子どもに,生きる希望を与えることができたと言われました.そして,それは先生方にとっても大きな希望だったのです.
W 保健・医療・福祉関連施設での感想の集計結果
私は,フィーリングアーツを公演するとき,体感者の方々に,どんなことでも感じたことを自由に紙に書いていただくようにお願いしています.そのうち,保健・医療・福祉関連の施設で行ってきた公演の際に,患者さんや障害のある方,その家族の方々,そして施設の職員の方々に書いていただいた感想を,その記述内容から判断して,「感動」,「安らぎ」,「希望」という観点から分類し,集計してみました.なお,保健・医療・福祉関連の施設で行った公演の際には,ほとんどすべての方から感想を書いた紙を提出していただいています.
表1には集計結果を示しました.対象数は399人で,主に「安らぎ」を感じたと記述していた人が210人(52.6%)で最も多く,次いで,「安らぎ」と「感動」を共に記述していた人が84人(21.1%),主に「感動」を記述していた人が54人(13.5%),主に「希望」を記述していた人が12人(3.0%),「安らぎ」と「感動」と「希望」を共に記述していた人が5人(1.3%)という結果でした.また,何も感じなかった人を含めて,否定的な感想やその他の感想を記述していた人は34人(8.5%)でした.
この結果から,91.5%の人が「感動」,「安らぎ」または「希望」の少なくともいずれかの内容を感想として記述していたことになり,なかでも特に「安らぎ」を記述していた人は74.9%で,まさに癒しの効果があったと考えられます.このことは,今回の対象者が保健・医療・福祉施設関連の方々であり,直接あるいは間接に「痛みや苦しみ」を感じている方々であったことが大きく影響していると考えられます.
表1 フィーリングアーツ・感想の集計結果
感想の内容 |
人数 |
割合 |
---|---|---|
「安らぎ」を主に記述 |
210 |
52.6% |
「安らぎ」「感動」を共に記述 |
84 |
21.1% |
「感動」を主に記述 |
54 |
13.5% |
「希望」を主に記述 |
12 |
3.0% |
「安らぎ」「感動」「希望」を共に記述 |
5 |
1.3% |
その他 |
34 |
8.5% |
計 |
399 |
100.0% |
(対象:保健・医療・福祉関連施設)
X 体感者のコメントから
こちらをご覧下さい
Y おわりに
私は,これまでの公演活動のなかで,「痛みや苦しみ」のなかにこそ,人間の本当のもの(真実),本当の感性があるのではないかということを実感しています.今後も,フィーリングアーツを通して,世界中の「痛みや苦しみ」をもつ様々な人たちと出会って,そこで一緒に,「感動」,「こころの安らぎ」,そして「光(希望)」を描いていきたいと思っています.
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